「そばめし」というのは、お好み焼き屋さんの「そば焼き」に白いご飯を混ぜて、ご飯と一緒に食べやすいようにそばもテコで短く切って焼いたもので、本当に美味しくて私も大好きです。

この「そばめし」の発祥の地が、神戸市の長田区であると言われていて、長田名物のようになっています。
で~、その発祥の始まり?なんですが‥‥‥。

私は小学校5年生まで神戸市の長田区に住んでいました。
阪神淡路大震災で有名になった「神戸の壁」の内側にあったアパートです。

その私の記憶では昭和30年代の前半
長田区では、普通に貧しい家庭の子供は「そば焼き」一人前を一人で全部を食べさせてもらえず、にくてん屋(お好み焼き屋)さんに行く時には、家から「冷やご飯」を持って行って「そば焼き」に混ぜて焼いてもらう「そばめし」を誰かと分けて食べていました。
もちろん、大人もみんなではありませんが、余った冷ご飯を持って行って「そばめし」にしてもらい、安くあげていました。
その頃、小学校低学年だった私も、新長田駅前の風鈴屋という駄菓子屋兼にくてん屋で、よく弟と「そばめし」を分けていましたので、いつか、そば焼き一人前を一人で全部食べたいと思っていました。

そんな訳で…
「そばめし」というのは冷やご飯を持って行ってつくってもらっていたもので、お店にそういうメニューがあったわけではなかったように思います。

ちなみに「にくてん焼き」というのは大正時代に神戸で生まれたもので、鉄板に「水でといた小麦粉」(コナ)をクレープのように丸く広げて、その上に粉がつおをふりかけ、天かす、ネギ、スジ肉などを乗せて、その上にまたコナをかけて、ひっくり返して焼く、いわゆる「薄焼き」で、「お好み焼き」の原型です。

この「にくてん焼き」をルーツとする「薄焼き」を長田区では「長田焼き」とか「神戸焼き」とか呼んでいるようですが、ほとんどの材料をコナに混ぜて鉄板の上に丸く広げ、最後に豚肉とか牛肉などをトッピングして焼く関西風の「お好み焼き」(混ぜ焼き)が大阪で生まれて広まるまでは、神戸市の須磨区・長田区・兵庫区では「にくてん焼き」以外は見たことがありませんでした。
懐かしい名称ですし、今でも「にくてん焼き」で統一していいと思いますが‥‥‥。

初めて関西風のお好み焼き(混ぜ焼き)を見た時は子供心にも「横着な焼き方やなあ!」とびっくりしたのを覚えています。
そんなわけで、あの頃は、みんな、よく「にくてん屋」に冷やご飯を持って行っていたと思います。
懐かしい思い出です。


《おまけ》
大阪の南船場で「きつねうどん」の元祖として有名な松葉屋さんの名物に「おじやうどん」というのがあります。
四角い鉄鍋に入った具だくさんのあたたかいうどんを食べていると、下からおじや(ご飯)が出てくるというもので、私も何度か食べたことがありますが、これも上記の「そばめし」と同じ理由で、うどん屋さんに冷ご飯を持って行って作ってもらい、小さい頃からよく食べていました。
松葉屋さんのように美味しくはありませんでしたが‥‥。
と言うよりも、すうどんかきつねうどんかを少し食べると、すぐにご飯が出てくるので、いつもがっかりしていました。


注:おじや = 雑炊

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