スマートフォンの待ち受けにギュスターヴ・モローの「ヘシオドスとムーサ」という絵を使っています。

ギュスターヴ・モローは19世紀、フランスの象徴主義の代表的画家で「オイディプスとスフィンクス」や「若者と死」 「オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘」 「サロメ」など、数多くの素晴らしい作品を残しています。



「ヘシオドス と ムーサ」 1891年

 ギュスターヴ・モロー (1826~1898)


ヘシオドスは紀元前8世紀頃のギリシャの詩人で「神統記」、「仕事の日々」などの作品を残しています。

ヘシオドス自身が神統記の中で述べているところでは、少年時代にギリシャ南部のヘリコーン山の麓(ふもと)で羊飼いをしていた時にムーサ(女神、英語のミューズ。複数形はムーサイ)から詩の霊感を授けられたということです。

ムーサは神々の王ゼウスと記憶の女神ムネモシュネの間に生まれた九柱の女神たち(九姉妹)で、クリオが歴史の、エウテルペが抒情詩の、メルポメネが悲劇の、タリアが喜劇の、テルプシコレが舞踏の、エラトが恋愛詩の、ポリュムニアが賛歌の、ウラニアが天文学の、カリオペが叙事詩の、それぞれの守護者であったと伝えられています。

この絵に描かれているムーサは竪琴(リュラ、Lyra)を肩に掛けていて、ヘシオドスも竪琴を手に持っています。
ギリシャ時代、竪琴を爪弾き、かき鳴らしながら吟唱するのが抒情詩でしたので、ヘシオドスに寄り添って立っているムーサは抒情詩の守護者であったエウテルペだと思われます。

また、この絵以外のモローの作品に描かれている人物・神・女神・伝説上の生き物などは、そのほとんどがはっきりとした意思を持っていて、目の表情もしっかり描かれているのに比べ、上記の逸話を題材にしたこの「ヘシオドスとムーサ」は、二人とも(本当は一人と一柱ですが)少し儚(はかな)げにも見えるような、とても穏やかな表情しています。
目には見えない詩の霊感を授けるムーサと受けるヘシオドスと、どちらも心と心の、魂と魂の深い交流の中にあって、目を見開いている必要はないということでしょうか。

ともかく、ムーサの衣装や竪琴の美しさ、遠くに見えるヘリコーン山上の神殿などの絵の奥行き、そしてなによりもムーサの表情の引き込まれるような静謐(せいひつ)……。

絵の一部にカメラのフラッシュが写っているのが少し残念ですが、本当に素晴らしい作品だと思います。


☆ . 。* : ・ ゜ ★ . 。 * : ・ ゜

………補足……………

【叙事詩】 (じょじし) 〔名〕

神話・伝説・歴史的事件・英雄の事跡などを述べ語る長大な韻文。古代ギリシアの『イリアス』、古代インドの『ラーマーヤナ』など。


【叙情詩・抒情詩】 (じょじょうし) 〔名〕

作者の感情や感動を主観的・情緒的に述べ表した詩。